今井 真路

ともに株式会社(旧 株式会社I.S.コンサルティング) 代表取締役

【社名変更 取材録】「I.S.コンサルティング」から「ともに」へ。業績不振の最中に今井真路氏が下した「覚悟」の決断

今井代表のポートレート
  • #経営理念

2006年に創業し、今年で20周年。一つの節目を迎えた株式会社I.S.コンサルティングは今、その名を捨て、「ともに株式会社」へと生まれ変わる。しかし、その決断の裏側には、華々しいストーリーとは真逆の、経営者としての泥臭い試行錯誤があった。業績が非常に厳しい状況の中で、あえて今、看板を掛け替える道を選んだ今井真路社長。創業者個人の枠を超え、社員一人ひとりが主体となる「ともに」という在り方への転換、そして「救済」を捨てて「主体者」を育むという覚悟の記録をここに記す。

ともに株式会社(旧 株式会社I.S.コンサルティング)
2006年6月2日株式会社I.S.コンサルティング設立。合宿免許の教習所紹介事業を中心に経営コンサルティング業・留学エージェント紹介を行う。2015年株式会社I.S.学園を子会社として設立し、フリースクール事業開始。2021年、学校法人利他学園の応援企業に参加。20期目を迎える2026年1月、「ひと・会社プロジェクト」を始動。2026年6月1日、社名を「ともに株式会社」に変更。

① 20年目の「告白」:自分主語だった出発点

――改めて、社名変更の理由と想いを語っていただきたいと思っております。それを「ひと・会社プロジェクト」として発信することで、当社が今後どのような方向で事業を行っていくのか、また社員に対しても、社長の思いがしっかり浸透していくように伝えていきたいと考えています。

1つ目の質問です。シンプルではありますが、なぜ今回、社名変更を決断されたのでしょうか。経営理念の実現や、今直面している課題など、理由をお伺いできますか。

今井:はい。まず「I.S.コンサルティング」っていう名前で20年間来たけれども、正直なところ、名前をつけた時はそこまで深く考えてなかったっていうのがあって。

I.S.っていうのは「今井 真路(Imai Shinji)」とも取れるし、コンサルティングっていう名前をつけておれば、銀行を辞めて(注1)新しく形にする時に、いろんな仕事ができるかなっていうところがあったんです。あとで「イノベーション・スピリッツ」とかいう話もしましたけど、やっぱり外から見たら後付けのところがあったり、っていうのも事実で。

理念として我々自身が大切にしたい思いが、ダイバーシティ&インクルージョンとかなってきた時に、「I.S.コンサルティング」のまま行くのがどうかっていうのがありました。ちょうど20周年で、これから大切にしたいことを考えた時に、一回「株式会社アイエス」にしようって社内で発表したこともあったよね。

でも、コンサルティングっていう事業の枠組みの中に入れるよりも、より僕たちが目指すところはどこなんや、と。今のままじゃ、ほんまの思いっていうのは、いつまで経っても「I.S.」から超えていかれへんのちゃうか、という思いが強くなったんです。

それやったら「ともに」という言葉。自分だけじゃなく、自分も他者も共に。共同体としても、みんなで何か判断する時に「自分だけになってませんか、『ともに』になってますか」と。それを自分たちに問い直すきっかけにしたかった。

僕自身、これまでの20年間っていうのは、良くも悪くも創業者の「こうやりたい」っていうパワーでガッと来ました。だけど、こっからは次の段階に進んでいきたい。33歳で起業して、今53歳、次54歳になっていく中で、会社自身も次のステージに行こうっていうのが一番大きな思いですね。

② 葛藤と転換:業績悪化という「影」の中で決めた「今」

――タイミングに関してですが、以前一度「いったん延期しようか」というお話をされていましたよね。それを、あえて今のこのタイミングで決断された理由はどこにあるのでしょうか。

今井:20期のスタートである去年の6月には「社名変更します!」って掲げていたんやけど、いざスタートしたら業績が非常に厳しい状況になって。社名を変えるよりもまず事業の立て直しが先決や、っていうところで、時間もお金もそっちに注力したほうがいいんじゃないかって、僕も考えたりもしながら悩んでいました。

でもね、そうやって悩んでいる今の厳しい状況そのものが、すべて僕の中では繋がってて。「変わっていけ!」っていうメッセージじゃないけれども、そういうタイミングとして受け取ったんです。

「アイエス」って言ってたレベルの、表面的に変わるっていう次元じゃなくて、もうそれ以上のところに変わっていかなあかんな、と。20周年というこの段階で、「ともに」という理念を実践していく。それがやっぱしまだまだできてないな、っていうのが一番に思ってたことなんで。

それを「やるぞ」「やっていくんだ」っていう覚悟を込めて。社名にした以上は、もう逃げられへん。社名も理念も、やってる事業も、全部そこに集中して生まれ変わっていくんだっていう想いを込めました。

だから、「あと2年後に変えます」とか「業績が戻ったら変えます」とかじゃなくて。今すぐにでも変えるべきなんやと。今この大変な時期だからこそ、退路を断って、覚悟を持って変えなあかん。大切な想いやからこそ、今なんや、という感じですね。

③ 深化:「ともに」に込めた「救済から勧業へ」の厳しさ

――先日、大和(注2)で発表された際に「救済から勧業(注3)へ」という部分を強調されていました。「ともに」という社名には、一人一人が自立した主体として厳しく成果を求め、未来を作るという「厳しさ」も含まれていると受け取っていますが、いかがでしょうか。

今井:僕自身も「勧業」って言葉、そんなに使ってなかったんやけど、事業をおこしていくっていう意味で使われる言葉やね。

僕たちがダイバーシティ&インクルージョンを目指す時、捉え方によってはすごい優しさだけ、甘さだけに見えちゃうところがある。困ってる人を全部受け止めて包み込む。確かにその側面はあるんやけれども、大前提としては、誰かを「助ける側」と「助けられる側」に分けた考え方じゃないんやと。

やっぱしそれぞれが、みんなが主体的に輝いていくんだ、っていうところが一番。一人一人が命なんだ、全員に無限の可能性があるんだ、という思いが先にある。だからこそ、みんなが「主体者」になっていかなあかん。主体者をどんどん育んでいくことが「勧業」なんだ、という僕の思いやね。

言葉だけで見てたら、「ここに来たら会社が何とかしてくれるんでしょう」という依存した形になってしまう。いや、そうじゃないんやと。みんなのことを信じてるからこそ、全員が主体者なんや。そこは障がいがある・なしに関係なく、自分たちがこの会社を作っていく主体者なんやと。

主体者同士やからこそ、困ってる時はお互い様で助け合える。ずっと助けられている人が、誰かを助けられるんですか?という話なんやと。それぞれが主体者となって共に歩んでいく。そこを全員が大切にしながら次に向かっていきたいな、と思ってる。

それはコンサルティングっていう言葉も同じで。「教える人」と「教わる人」を分けるんじゃなく、教えるっていうよりも、一緒に「ともに」っていう考えでずっといたい。依存した形を生み出す客体を作るんじゃなく、僕らはあくまで実践者でいたい。そう考えて社名を変更しました。

――そうした思いの中での「数字」に対する向き合い方は、いかがでしょうか。

今井:数字の結果としていい会社にするのが「目的」になってた時期もあったけれど、今は目的じゃない。自分たちの想いがどこまで進んでるかを確認するための、全員で共通する「可視化」のためのものやね。

数字を目的とするんじゃなく、数字を活かしていく経営にせなあかん。結局は数字を追いかける動機が一番大事で。みんなが生き生き輝き合って、社会の役に立っていく。それを実践してどこまでできたかを確認し合う。

だから、逆に数字からも逃げたらあかん。愚直にみんなの頑張りを活かしていくためにも、数字から目を逸らさずに成長を確認し合えるようにしていかなあかんな、と。

稲盛さん(稲盛和夫氏)に学んだ利他哲学っていうのは結局「ともに」なんかなと。自利利他のところで、自分も他者も共に良くなっていく。自分の生まれてきた意味、徳って何だろう、ここをもっと高めていこうっていうのが「自利」。それをもって会社を通じて誰かのために実践するのが「利他」。両方を実践することによって、誰もが幸せになる社会に繋がっていく。

中国の古典『大学』の中でも、「明明徳」って、自分の生まれた徳を明らかにすると。それをもって「親民」、お役に立っていく。で、「止於至善」、最高の社会をみんなで作っていく。まさにそこの部分かなと思っています。(注4)

④ 結実:未来への接続と「ともに」のビジョン

――「ともに」というひらがな表記にした理由と、そこに込めたイメージを教えてください。

今井:アルファベットの方がかっこいいかな、と思ったりもしたんやけれども。ひらがなにすることによって、親しみやすさや、みんなへの分かりやすさっていうのもある。

一番はやっぱり、日本語の、日本人だからこそ持ってる素晴らしさを、日本から世界へ発信していくっていう部分。ひらがなの「ともに」っていうのは、直線じゃなく、柔らかさや、しなやかさがある。その辺のところもいいんちゃうかなあ、と。

ともに株式会社 新ロゴデザイン
新フォントはユニバーサルデザイン書体であるモリサワ書体「新丸UDゴシック」を採用。普遍的な価値観を丸ゴシック体独特のやさしさと親しみやすさのあるデザインで表しています。

――「ひと・会社プロジェクト」や、RITA学園、RITA Connect、RITA Lifeline(注5)といった取り組みに共通するビジョンは何でしょうか。

今井:働く人も経営者も、関わっていく人たちも含めて、人も会社も良くしていこうとするからこそ、社会が良くなっていく。自社だけの部分じゃなく、「ともに」っていう考え方。思考をどんどん未来思考にスライドしていけるんだ、っていう可能性のところやね。

RITA学園、RITA Connect、RITA Lifeline、全部一緒の想いのところです。従来の閉ざされた学校っていう発想じゃなく、いつからでも学べ、どこからでも学んでいける。学校の中だけじゃなく、いろんな地域の人や企業とも交わっていける。これも「ともに」なんやと。

人を育てていく、それぞれの可能性を開いていくことが会社ではできる。究極の「共育」やね。日本人が大切にした大きく和する考え方、利他の心を世界中に繋げていったら、平和で幸せな社会っていうのが本当にできるんじゃないかと。

いま、戦争もあったりして、未来は大丈夫かと思うような社会を、私たちから変えていかなあかんのちゃうか、と。僕たちは「未来が待ってるんや」っていうぐらいの思いで、みんなが生き生きと働くことが、次世代の子供たちへの大きなメッセージになっていく。僕らが暗くてどんよりしてたり、いやらしい人になってたら、子供たちの受け取り方は変わってしまうよね。

――最後に、今井社長が思い描く「未来のイメージ」をお伺いできますか。

今井:未来のみんなが希望を持ってるような社会。いま、どっちか言うと「大人になりたくない、働きたくない、自分って生まれてきた意味があるんやろうか」って、夢がない子が多い。そんなんじゃなくて、未来に夢や希望を持ちながらワクワクして、「あんな大人になりたい」とか、「あんな会社で働きたい」と思える社会。

障がいとかいう言葉がなくなっていって、分けてるものがどんどんなくなっていく。みんなが笑顔で輝いてるような希望ある社会。対立じゃなくて、共に育み、共に作っていきながら。みんなが歓喜してるような姿がいいな。

でも、楽しいばっかりじゃない。嬉しいことも苦しいこともひっくるめて、みんなで乗り越えて。今もウチもそうやけど苦しい。でもここをどう乗り越えていくんか、っていう厳しさも含めて。それを全部ひっくるめて、素晴らしい未来がみんなで作れるんや、って信じてね。

この苦しい思いをさせてしまっているときもあるけれども、みんなで乗り越えて、「ここまで来れたよね」って言えたらハッピーやなと。「こんなおもろい会社に来てよかったな」となったらいいな。

だからこそ、ここで止まってる場合じゃない。本当にみんなで一人一人が主体者となってね、それこそ「勧業」なんや。僕たちは本気でみんなでそういう社会を作っていくんだ、っていう会社なんです。


注1:今井真路氏は、起業前は三和銀行(現 三菱UFJ銀行)に勤めていました。

注2:実践経営者道場《大和》(旧 盛和塾〈大阪〉)は、京セラ株式会社の創業者稲盛和夫氏から経営哲学を学ぼうと勉強会を開始した盛和塾が元になっている経営塾です。

注3:「勧業」は、本来は「産業を奨励・振興すること」を指しますが、ここでは、障がいの有無に関わらず、支援される側(客体)に留まらず、自ら未来を作る「主体者」として生きることを支援・奨励するという、同社の厳しいまでの人に対する信頼と期待が込められています。

注4:中国の古典『大学』の冒頭に記されている「明明徳・親民・止於至善」は、「三綱領(さんこうりょう)」と呼ばれ、儒教が目指す自己修養と政治の最終目標を凝縮したものです。一言で言えば、「自分の徳を磨き(明明徳)、それを社会に広め(親民)、最高の理想状態に到達して維持する(止於至善)」というプロセスを表しています。

注5:RITA学園は、今井氏が理事長を務める広域通信制高校「RITA学園高等学校」のことです。RITA Connectは、企業がRITA学園と連携し、企業の空間を活用して不登校や進路に悩む若者に、学びと社会経験の場を提供する新しい共育モデルです。RITA Lifelineは、RITA学園の生徒の卒業後も学び・就労・生活・心身の健康を支える継続的な「大家族主義」をベースとする支援体制です。

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