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大浦 昌尚

株式会社アクアス 代表取締役

「水」のように、自由に、輝き、「美」を創る前編

大浦代表のポートレート
  • #経営理念

建築設計事務所アクアス代表・大浦氏。若手の提言で17年のこだわりを溶かし、失敗があれば舵を切り返す姿は「水」の経営理念を体現しています。信念と不屈のひと・大浦代表はいかにしてこの理念を創り上げたのか。社名の由来や創業時の激流から、理念の本質と淵源を紐解きます。

株式会社アクアス
2009年、株式会社タウン設計の社員全員が出資者となり、一切の事業の譲渡を受け社名を株式会社アクアス設計として創業。2019年、現社名に変更。マンションや保育園をはじめ様々な建物の設計監理業務を行うほか、土地活用コンサルティング事業も展開している。

大阪のメインストリート、御堂筋の一角に株式会社アクアスはある。一歩足を踏み入れると、都会の喧騒は消え、どこか心の緊張を解くような空間が広がる。

迎えてくれた大浦代表の笑顔はHPの印象そのものだが、彼の瞳には責任から逃げない誠実さ、苦境に抗う不屈の精神、そして未熟な過去への悔悟が宿る。その瞳で彼が見つめるのはその先にある「ひとの営み」や「精神の自由」だ。固定概念を脱ぎ捨て、変化を「おもろい」と笑う独白に近い対話から、今の時代が忘れかけた「誠実さの正体」を紐解きたい。

笑顔という名の「プロの規律」

――本日はよろしくお願いいたします。まず、御社のホームページを拝見して真っ先に心に残ったのが、大浦代表の素晴らしい「笑顔」でした。あれほど自然で、かつ周囲を明るくするような笑顔は、何か意識されているのでしょうか。

大浦:あはは、ありがとうございます。まあ、小さい時からニコニコはしてましたね。でもね、経営者としてこの「笑顔」をどう捉えるかっていうのは、最近自分なりに大きな転換点があったんです。

――転換点、ですか。

大浦:ええ。京セラ創業者の稲盛和夫さんに「常に明るく前向きで夢と希望を抱いて、素直な心で経営する」という教えをいただいたことも大きいですが、特に心に突き刺さっているのが、イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんの言葉なんです。あの方がね、「仏頂面をしてると相手に気を遣わせてるんだ」と。

――「相手に気を遣わせる」。重い一言ですね。

大浦:そうなんです。「あ、ほんまやな」と。相手に気を遣わすってやっぱり良くないな、と気づかされたんです。だから、ちょっとでもニコニコしてるっていうのができるんやったら、それは相手への礼儀やな、と思うようになりました。あとはお笑い芸人のみやぞんさんの言葉で「自分の機嫌は自分でとる」ってあったんです。あれ、「むちゃくちゃええやん!」と思います。

――経営していると笑顔でいられない時も多々あると思いますが、いかがでしょうか。

大浦:そうですね。やっぱり難しい時はあります。正直、叱った時とかは。顔がパッと変わるって社員に言われます。でも、平常心は心がけてます。まあ、仕事でいろいろあっても、一晩寝たら大体忘れるんで。そんなことしてると、割と周りの人、それこそ盛和塾[注2]の先輩とかに、「お前ビリケンそっくりやな」とか言うてくれるんです。その時、なんかちょっと嬉しくなったりしますね。

――その「笑顔」の文化は、社員の方々にも浸透しているのでしょうか。

大浦:人前では、みんなにこやかですよ。でも会社に戻ると、みんなものすごい真剣に、グーッと仕事に向かってます。昔、女性のパートさんがたくさんおってくださった時に、「仕事中に会話がない」ってよう言われました。僕らからしたら集中してるから当たり前やと思ってたんですけど……それは今の課題でもありますね。

――クリエイティブな仕事ゆえの「没頭感」ですね。

大浦:そう。でも、他所の会社さんで雑談しながらキャッキャやってる話を聞くと、「ええなー」と思うんです。先輩にサクッと相談できるような、もっと明るい雰囲気を作りたい。BGMをかけたりもしてますけど、やっぱりみんな、ギュッと入ってしまう。だからこそ、せめて僕が笑うことで、社員の気持ちを穏やかにできればな、と思ってます(笑)。

25歳の「逆提案」と、溶け出した17年の殻

――その「笑顔」の裏にある、大浦代表の「柔らかさ」を象徴する出来事が最近あったと伺いました。この1月から服装規定に「ビジネスカジュアル」を導入されたそうですね。

大浦:そうなんです。実はね、これ、僕にとってはものすごい変化やったんです。もう5、6年前から社内でそんな声は上がってたんですけど、僕はね、ずっと「全否定」でやってきたんですよ。

――全否定、ですか。それはなぜ?

大浦:うちのお客様は、三井さんとか野村さん[注1]のような、日本を代表する企業様が多くって、お預かりするのは、数千万、今やったら1億を超えるようなプロジェクトです。そんな場にドカッと行って、名刺パーッと出して、それでノーネクタイやったら……「え、ええー? 信用してくれへんやろ」って。いわゆる、ちゃんとしたスーツが僕のなかの「誠実さ」であり「プロとしての正解」やったんです。でもね、2週間ほど前かな。出張から帰って会社に来たら、僕の机に一冊の本が置いてあったんです。

――メッセージもなしに、ですか?

大浦:そう、本だけがポツンと。実はその直前の月曜日の会議で、僕、久しぶりに声を荒らげたんですよ。「お前、土日に何しとってん、だらしないんじゃー!」って。ちょっとゆるい雰囲気で仕事に取り組もうとしていた社員に、「ちゃんとオンにせえよ!」ってバババッと言葉をぶつけてしまった。その数日後、僕の机に置かれていた本が……『世界の一流は「休日」に何をしているのか』という本やったんです。

――(笑い声)それは、すごいタイミングですね。

大浦:創業して17年。おっそいタイミングでしょう?(笑)つい、嬉しくて写真撮ってあるんですよ。見た瞬間、「えっ?」と思って。「やべえ、これは、やばいぞ」と。置いたのはMさんという、うちで一番若い25、6歳の子。後で聞いたら「面白い本でした。参考までにお伝えいたします」って。いやあ、やってしもたなー! と思いましたね。

――勇気ある行動ですね。大浦代表はどう受け止められたのですか。

大浦:一瞬で「気づけ、おっさん」っていうメッセージやな、と受け取りました(笑)。読んでみたら、そこには「オン・オフのスイッチング」の重要性が書かれてた。一流の人間は、土曜日もダラダラ過ごすんじゃなくて、家族と何をするとか、山へ行くとか、目的を持ってパッと切り替えてる。僕自身、30代の頃はバイクで山を走ってパッと切り替えてたのに……いつの間にか、自分の古い固定概念に縛られて、そのまま「これが正しい」ってずっと思い込んでた。

――一冊の本がオン・オフ感を揺るがして、ついには17年守ってきた「服装規定」を動かした。

大浦:そう。「あれ、これって本当に正しいのか?」って自問自答しました。それで、大手がなぜビジネスカジュアルにしてるのか、単に流行に迎合してるだけなのか、一通りパッと調べたんです。そしたら、ちゃんとした目的がいくつか見えてきた。だったら、僕らクリエイティブな仕事をしてる人間が、その枠に縛られとったらあかんわーと思って。「よし、試してみよう」と。

――強制ではなく「試してみる」という形なのが、大浦代表らしいですね。

大浦:強制やないです。ネクタイしてきたければしてもいい。大事なのは、「今日会う相手にとって失礼じゃないか」を自分で考えること。それが本当の「オン」やと思うんです。今日の取材もね、「それなりの服装で」と言われて、最初はネクタイかなと思ったんですけど、「あ、ちょっと待てよ。新しい若い人が入ってくるための記事やったら、こっちのほうがええやん」と(笑)。

「思い込み」を「信念」へと昇華させる

――そのお話を聞いていると、大浦代表はご自身の変化をとても楽しまれているように見えます。

大浦:ありがたいですね、そういうサインをくれる社員がおるのは。僕自身、思い込みが強い方なんでね。最近、嫁さんにもよう言われるんです。「あんたはええと思ったら全部それやん。盛和塾で聞いてきた言うたら、全部ええやろ。違うで、思い込みはあかんで」って(笑)。そやなー、って反省しとるんです。

――「思い込み」と「こだわり(信念)」の違いについて、どのようにお考えですか。

大浦:[ しばらく沈黙し、言葉を選ぶように ]

……思い込みっていうのは、相手とちゃんと確認もしていないのに、自分一人で「ええやろ」と思っていることですね。それが、相手と確かめ合えたら、それは思い込みじゃなくて「信念」になる。

――相手との対話があって初めて、信念になると。

大浦:さっきの服装もそうです。一流のお客様に対してはスーツにネクタイじゃないと失礼だ、っていうのは、僕の勝手な「思い込み」やった。でも、その目的を調べて、自分の中で得心がいったら、それは「こだわり」になる。流行りだからとか、昔からこうだったから、というのはただの思い込み。「無難だと思い込んでる」だけなんですよね。

「あ行」から始まった、水の物語

――ご自身の殻を破り、柔軟に形を変える姿は、まさに社名にある「アクアス(水)」そのものです。この社名の由来も、実は面白いエピソードがあると伺いました。

大浦:それがね、きっかけは「あ行」なんです。

17年前に事業を譲渡させていただいた際、オーナーから「せっかく自分らでやるんやから、自分らで名前考えて自分らで始めなさい」って言われたんです。そこで、お世話になってる不動産会社の支店長さんに相談したら、「会社名は『あ行』から始まるのがええで。電話帳に」と言われまして、「せやなぁ」と素直に思いましたよ。アート引越センターの話もしてはってね(笑)[注3]。

――なんとも現実的なアドバイスですね。

大浦:それで「あ」から始まる言葉を探しとった時に、当時は環境問題、つまり「エコ」も大事やなと思ってまして。「あ」と「エコ」……あ、アクア(水)や! と。そこから「architecture creative association」の頭文字を繋げて、「acas(アクアス)」にしたんです。

――きっかけは「あ行」でも、そこに込められた想いは後からどんどん深まっていったのですね。

大浦:ええ。「水や!」となった瞬間に、イメージがグーッと湧いてきたんです。水っていうのは、どんな器にも合わせて形を変えるでしょう? 氷にもなれば水蒸気にもなる。お客様から「こんなんがいい」と言われた時に、カチカチに固まった頭で「いや、そんなんちゃいますよ」って撥ね付けるんじゃなくて、柔軟に、しかも清らかに受け入れる存在でありたい。

――「清らかに、きらきら輝き、潤いを与え、そして良い波紋を広げます」という理念の言葉も、その時に同時に?

大浦:そうです。名前を考えながら、同時に降ってきた。僕ら設計の人間っていうのは、図面を引きながら頭のなかでデザインや物語を同時に繋げていく癖がついてるんでしょうね。一人一人が水のような存在になって、お客様の心に良い波紋を広げていく。名前が決まった瞬間、アクアスの進むべき道がピタッと見えたんです。

――設計の思考やプロセスそのものが、会社の成り立ちにも反映されているのですね。大阪の帝塚山の物件のお話なども、その「紐付け」が印象的です。

大浦:あぁ、あの高額物件ですね。エリアを見たら古いお屋敷がある、なら「石」やな。大阪の伝統、ちょうどNHKの朝ドラで『ほんまもん』がやってる、あ、この言葉ええな。「ほんまもん」って言ったら中庭には何を植えよう、秀吉が愛でた「太閤桜」やな……って、ずっとそうやってグーッと紐づけていく。

――思考が止まらない。まさにクリエイターですね。

大浦:でね、それを会社のみんなとブレストするんです。今ぐらいの時間から飲みながらやると、だんだん調子乗ってきて、「こんなんどうや!」「ヘエーッ!」って盛り上がる。でも、一晩置いて次の日に見たら、「……これ、ちょっと調子乗りすぎたな」ってなることもありますけど(笑)。

――(笑い声)そうやって、一人で完結せず、周りの力を借りるようになったのも、ある時期からの「変化」だとか。

大浦:そう。昔はね、正直自分のことを「天才や」と思ってました。「俺が一番や」って。でも10年ぐらい経った頃かな、世の中にはもっとすごい人がおる、もっとええもんを作ろうと思ったら、そういう人の力を借りんとあかん、と気づいたんです。今のロゴも、盛和塾のデザイナーの方と何度もディスカッションして作ってもらいました。水のように360度表情を変える、柔軟性を込めてね。

2ヶ月の猶予なき創業――退路なき「火」の記憶

――今でこそ「水」のような柔軟さを語る大浦代表ですが、そのスタートは、まさに「激流」のなかに放り込まれるような過酷なものだったと伺いましたが、どのようなものだったのでしょうか。

大浦:ほんまにあの時は大変でした。もともとは「タウン設計」という会社におりまして、僕は34歳で代表を務めていたんです。ところが、オーナーから突如「会社を廃業する」と告げられた。リーマンショックとかお年のこともあったとはいえ、赤字でもなんでもなかったんですけど。で、「廃業されるんやったら、継がせていただけますか」ってお願いして、事業譲渡していただいた、っていう形です。

――引き継ぐにあたってバタバタとはしませんでしたか?

大浦:しました、事業譲渡を受けて、あと2か月だと言われて。実際は、2月に言われて6月に創業、実質4か月かかりましたけど。もう頭のなかは「えらいこっちゃ!」ですよ。お客様からお預かりしとるプロジェクトは進行中やし、社員のなかには結婚したばかりの子も、家を買ったばかりの子もおる。

しかも、取引先との仕事を進めつつの承継だったので難航しました。マンションの設計っていうのは、2年越し、3年越しのプロジェクト。やってる途中で「すみません、会社なくなるんで辞めますわ」なんて、プロとして絶対に言えない。他人のやりかけの設計を途中から引き受けてくれる奇特な設計事務所なんてありませんし、もしあったとしても、スケジュールがガタガタになってお客様に多大な迷惑がかかる。不動産の仕事は、期日が絶対なんです。

――「社内の責任と社外の責任」。この承継はまさに退路なき決断ですね。

大浦:でも、お金も、事務所も、何にもない。サラリーマンでしたから。そしたら、当時のメンバーが「お金、貸します」って言うてくれたんです。出資というより、もう、なけなしの貯金を貸してくれた。

――社員の方々も、大浦代表と心中する覚悟だった。

大浦:ありがたかったですね。三井不動産さんをはじめとしたお客様も、「やるなら名義変更だけでええよ」とオフィスの入居審査を通してくれたり。実質4ヶ月、仕事もしながら、世間には「会社がなくなる」なんて一言も言えない状態で、死に物狂いで駆け抜けました。

――その「責任」を果たしきったことが、今の「まじめなアクアス」の土台になっているのですね。

大浦:そう思います。あの荒波を一緒に乗り越えたからこそ、今の結束力がある。あの時、もし僕が「知らんわ」って逃げてたら、今の笑顔も、水の哲学もなかったでしょうね。しんどかったけど、今から思えばあのアクシデントこそが、僕らを「ほんまもん」にしてくれたんやと思います。

[ 御堂筋の喧騒のなか、大浦代表の声はどこまでも真っ直ぐに響く。かつての激流を飲み込み、静かな大河へと姿を変えたその姿は、語られる「未来美育」という次の物語へと、読者を深く誘っていく。 ]


注1:三井不動産株式会社や野村不動産株式会社のことで、どちらも国内の主要な大手デベロッパーです。

注2:京セラ株式会社の創業者・稲盛和夫氏が主宰していた経営塾です。

注3:電話帳で一番最初(「あ」行の次に伸ばし棒「ー」)に見つけやすく、目立つ名称として考案されたことに由来するといわれています。

中編の記事はこちら:株式会社アクアス 大浦昌尚(中編)