門田 恵理子
北野工業株式会社 代表取締役
泥まみれの誇りを100年先へ。幸せを繋ぐ物語後編
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- Maeda Takashi
ガス工事は、震災でもない限り感謝されない仕事だ。泥にまみれ、穴を掘る。「人々の暮らしを守る手段」の先に、門田代表は何を見たのか。株式会社フェリシモで代表を務めた矢崎勝彦氏の言葉に救われ、たどり着いた「幸せ創造インフラ業」という誇り。親子3代が働く老舗ながら次の100年を見据え、「オール北野」で損得抜きに助け合う、「大家族職人集団」の物語。
第4章:理念が昇華し、「幸せ創造インフラ業へ」
――門田代表が掲げる「幸せ創造インフラ業」という理念はいつできたんでしょうか。
門田:自分が承継する少し前のタイミングです。兄の代も理念を掲げていましたが、その思いも受け継ぎつつ、やはり自分で理念を立てないといけないって思っていました。
10年以上前、自社の事業の存在意義について考えるテーマの勉強会があったんですね。「ガス工事屋さん」で定義を掲げると、ずっと縁の下の仕事で、利用するお客様から直接「ありがとう」っていわれないんですけど。過去の日本での大震災の際は、復旧支援にも携わらせて頂きましたが、そうでもならないと感謝されない仕事なんです。普段の現場では、「騒音が迷惑だ」とか「道が通れない」など、いわれのない嫌がらせを受けたり、現場を妨害されて「今日も工事できませんでした」と帰ってくる施工班もいる。
――そんなことがあるんですか。
門田:だけど、みんな気づいていない。この冬も寒空の下で誰かがこうして繋いでくれてるから暖かいのに。そう思った時に、この仕事に光を当ててあげないと報われないな、っていう思いがあったんです。
株式会社フェリシモの矢崎さん(※注)の前でこの話をしたとき、「あなたの仕事は社員さんに光を当てることだ。今、社員さんは穴の中にいるかもしれませんが、太陽の光を見せてあげなさい」って言われたんです。当時は、矢崎さんが仰った意味が全く理解できなくて。「光?どうやって?」って(笑)。
でも、ふと「うちの社員さんの持ってる力、可能性ってすごいな」って気づいた。そして、「北野工業は、ただのガス工事屋さんじゃない。私たちは、事業を通じて、地中でガス管で人と人を繋げているんだ!」って。「人の命とか生活を縁の下で支えながら、安全安心を繋いでる仕事だ」って改めて明確になった。その時、「人の幸せな生活を繋いでる」っていうことは、「幸せを創造するインフラ業なんだ」って、自然に胸の中に落ちてきた。「幸せ創造インフラ業」に設定した瞬間に、やりたいことが一気に広がりました。
――その、当時の抽象的な言葉をずっと胸に刻みながら考えて社員を見ると、「おお、すごいな、すごいことやってるな」と。それがどこかのタイミングで繋がったということですか。
門田:社員さんの気持ちっていうのは社長になる前から結構聞かせていただける機会がありました。いろんな話を聞いてると、すごいんです。ガス工事ってガス止めないで作業するんです。猛暑の夏場でも、彼らは難燃性っていって燃えない服を着て作業してるんですが、着火源になってしまうので空調服も着れない、めちゃくちゃ暑いんです。で、穴の中なので、気温は体感よりさらに暑いんです。しょっちゅう熱中症で病院へ運ばれるみたいなこともあったり、ほんと命がけの仕事なんです。また、難しい資格を取得するための勉強もする。事故が起こらないように、細かく厳しいルールの中で工事を完遂するプロフェッショナルなんですよ。
そんな中、毎日、早朝に出発して、夕方にはさらりと一つの現場を終わらせて帰ってくるんですよね。そんな姿を見て「この子たち(職人さんたち)の可能性は、この仕事以外に拡がらないだろうか?」って考えた時に、「あ、可能性を拓くのが私の仕事なんだ」って確信したんです。
――そこから、色々な施工サービスが拓かれたわけですか。
門田:そうです。「幸せ創造インフラ業」っていう定義がなければ、このままガス工事の範疇だけで生き残る方法しか考えてなかったと思うんですね。管工事から水道管や地中通信線、解体もできちゃうやん、など発想を広げていったんですけど、どこまで広げても土木の世界だけでは根本的な事業課題っていうのは、なかなか解決されない。例えば、仲間の体にものすごく負荷がかかる仕事であるから、病気・ケガをしやすい、身体を壊せば仕事が続けられない。女性が活躍しにくい。天候とか外部環境に大きく左右される。
この土木業界での根本的な課題は、施工サービスの内容が変わってもあんまり変わらないんです。また、私たちは100パーセント一社依存型の世界で生きてきたので、営業したことがない会社なんです。だから自分たちが土木業界に営業を仕掛けていっても、こんな後発の私たちが入札の世界で戦うのも厳しくて。仕事が厚い時、薄い時の職人さん確保の問題も大きい。ガス工事から更に新しい土木領域で広げていく上での課題は一緒だなーって気づいたんです。
ガス工事も広げつつ2、3年やってきた中でふと思い出した。「光を当てる、太陽の光見せる。あ、地中だけでなく地上にも活躍の場を広げることが出来るのでは……」ってふと降りてきました。
――あ、そういうことですか。
門田:そこで思いついたのが、マンションビルの管更生工事ですね。この仕事は基本屋内でやる作業なので。あと、これから世の中は保守とかメンテの時代に入っていくと考えた時、「この仕事もインフラ、生活を支えている!」って理念にも合ってましたし。予防修繕は緊急ではないので施工側で工期がコントロールできる。案件の大きさにもよりますが、1回受注したら一定期間の売り上げも確保できるんですね。「いつか管が壊れることを予測して、今のうちに修繕しておきませんか?」って。とは言え、私自分が作業できる訳ではないので、まず幹部に相談したところ、「理念と繋がってると思うんで、会社の未来を考えたらこういう事業もそろそろ作らないといけないんじゃないかな」って返ってきた。投資が大きかったんですけど。社内でガス工事してる職人さんの中で、「この子(職人さん)だったらできるかな」と思う子に一人ずつ声をかけて、「こういう事業をやろうと思っている。ただゼロからイチの領域だから、既存の工事以外の技術を覚えていただかないといけない、できるかな?」って言ったら、集まった5人が「やります!」って答えてくれた。今そのチームが3年目にしてやっと自立して、自分たちで施工ができるまで成長した。だから、スタートはマンションの管更生工事ができる人を新しく採用したわけじゃないんですよね。これは、弊社が長年、外注に頼らず、工事を内製化してきた強みだと思っています。
――理念に基づいて幹部と相談されていたお話を伺いました。理念を浸透させるのは簡単ではないと思いますが、いかがでしょうか。
門田:浸透させてるとは言い切れなくて、言葉ひとつひとつがどうだ、朝礼でどうするとかは、実はないんです。ただずっと続けてるのは、私のつぶやきのようなメッセージをお給料に添えたり、「自分が感じたこと」や「こんな会社にしていきたい」みたいなのをちょっとずつ伝え続けてきたりはしてきました。
今期の個人面談がまたスタートするんですけど、都度都度話をし続けていますね。一緒に「今、こうだよね、こんなことしたいよね」みたいな課題などはもちろん、未来の話とか。
株式会社宮田運輸の宮田会長が仰られていたことがあります。「この仕事をするために、この人を採用するんじゃなくて、『この人の可能性がどう自社の理念に活きるか』を先に考えて、その人ができる事業を作っていったらいい」と教えてもらった。その時に初めて「理念に共感してください」じゃなくて、まず仲間の思いを知ること、「あ、そこ理念と繋がってるよね」みたいな共感に持っていけるようになりました。
第5章:「覚悟」と「リスペクト」の対話
――その対話とか傾聴とかそういうのを積み重ねて、やっと今現在があるっていうところですか。
門田:私は、気持ち悪いぐらい仲間にリスペクトしてるので(笑)。自分ができないことを皆はできるから。「どんな思いで毎日働いて、どんなことに悩んで」っていうのを知りたい。「一人ひとりと向き合うことから絶対に逃げない」っていうのは決めてるんです。ある職人さんとは心を交わすまでに10年ぐらいかかりました。ずっと「社長がやってることはわからん」って言われ続けて、でも諦めずに対話を続けたら、去年の年末かな、初めて「あ、そこよね」ってお互いにスイッチが入った瞬間がありました。彼は班長をやってたんですけど、厳しすぎてみんな辞めていっちゃう。彼自身がそれに一番悩んでたから、思い切って「ポジションを降りろ」と言って、別のミッションを与えてみた瞬間、ブワッと広がっていったんです。その時に彼から「社長、もっと早くから俺をうまいこと使ったらいいのに」って言われました(笑)。今はこれまでとは違う責任感で会社を変えていってくれてます。
――もう絶対に逃げないっていう覚悟が決まったら、同じ言葉でも伝わり方が違うとかありますか。
門田:そうですね。個人面談そのものが、ここ数年で変わってきたんです。一時は私が疲弊していく状態でした。聞けば聞くほどなんだかどんどんパワーが吸い取られてしまっていました。だから1日に3人、4人と面談したらもうパワーがゼロになってしまう。それが今は、凄く楽しくて、みんなと話していると未来が見えてくる。そう思えるようになったのも、ここ数年です。疲れていたころの面談は義務的に、「話を聞いてあげないといけない」みたいな状態だったと思います。でも「聞きたい」と思ったら、相手も「話したい」ってなるんです。
――すごく、進歩されたんだなと思います。そうやって対話して、職人気質の人をマネジメントするとなれば、どの様な感じでしょうか。
門田:土木業界に入って感じたんですけど、弊社はいわゆるガツガツの職人というよりどちらかというと帰属意識が高い人が多い。荒々しいには荒々しいけど、きちんと向き合って丁寧に話せばちゃんと理解してくれる。でもよく言われるんですよ。「女性社長がまとめていくの大変でしょ」って。実は逆に、皆さんが思われるほど全然大変じゃないんです。男性や女性という意識はあまりないですが、区別することはあります。「これは私にはできない」って。でも、むしろ私が職人の仕事をわかってないからこそ、みんな「もうしゃあないな、俺がやるしかないな!」みたいな感じでしょうか。だから、経営者としての苦労は人並みにはあるかもしれないけど、仲間との関わり方の中で難しいなと思うことは、実はあんまりないんですよ。
――マネジメントとか管理みたいな感じでガチガチにやらないって感じですね。実際どうされているのでしょうか。
門田:土木の世界って、マニュアルが無いに等しくて「俺の背中を見て覚えろ」みたいな世界じゃないですか。でも私は逆にそれができないんで、納得するまで話をするんです。「なぜこう思うのか」とか「なぜ違うんだろう」とか。そこは避けて諦めない。ちゃんと伝えて、回数を重ねて、納得するまで話をするっていうのは、この業界の人達の間ではあんまりないんだろうなって思うんですけど、私は全然違和感ないんですよ。
弊社でも叩き上げで育ってきた職人さんは、やっぱり発信したり、聞いて理解するのは苦手なんです。「そんなこと言わんでもわかるやろ」「やる気なかったらやめたらええねん」って。だから、私は「通訳」をするわけです。「それだと育たないよ」って。普段から、幹部たちにも言っているんですが「まず一旦吸い上げるのは貴方たちだ」って。けれど、なかなか吸い上げられない。話聞いてるうちにカッとなって、すぐ怒ったりしちゃうこともあるんです。
そのせいか、幹部を飛び越えて私に直接相談に来ることが結構あって、そのたび「これはよくないな」って思うんです。聞いてあげるけど、私が出るのは最後。どうにもならなくなったら最後を拾う。手はかけないけど、目をかけると言った感じです。
その上でベースは「社長も幹部も言ってることは一緒」ってならないとダメだって思うんです。上長に対して、「この人が言ってることとあの人が言ってることが違う」みたいなことになるとみんなの迷いになるから。言葉は違えど本質的な想いは同じで、真っ直ぐ伝えないといけない。それでも、幹部が「伝わらないんです。うまくいかないんです」って言った時に、チョイチョイって呼んで、「なんで伝わらないんだと思う?」とか、「たぶん、●●さんはこう言いたかったんだと思うよ、私が理解するにはこうだと思うよ」って声をかけています。こういうふうに私が「通訳」を意識してやってます。
――通訳も「管理職がやる」というのが、一般的では……(笑)。「社長が言いたいことはこうだと思うよ」って通訳は、管理職にしてもらいたいところですよね。
門田:でも、私は諦めず「自分で伝えられる」と思ってる。だからみんなの「通訳」をしたらいいんじゃないかなって思ってます。「部長はきっとこう思ってるな」とか、口下手でうまく伝わらないところを私が通訳をして。別の職人さんたちが分かる言葉で。「タイミングもあるよ」とか「今じゃない時もあるよ」とか「反抗期の子は少しの間、そっとしてみた方がいい」とか、そういう話もしています。
――管理職からしたらめちゃくちゃありがたいですね。それでホームページにはお母さんって書かれてるんですね。
門田:お母さんが子供に接するように、みんなが成長した瞬間には「すごい!頑張ってね!」みたいなことを伝えています。みんなができることは、やっぱり私はできないから。あと、みんなとの距離もすごく近い。帰ってきたらホッとできる居場所を作ることも、私の役割だと思っています。
――今まで話を聞いてると、社員との向き合い方とか、コミュニケーションの取り方とか、あとはその社員と社員の間に入るなど、通常社長自らあまりやらないことも積極的にやってらっしゃるな、と思います。また、給料の時にコメントメッセージ入れたり。その「社員を大切にする」っていう気持ちっていうのは、いつからそう思ってらっしゃったんでしょうか。
門田:入社当初からかもしれないですね。私は時間の許す限り「現場を見に行く」ようにしてるんですね。普段、一般の方が工事現場でバリケードの中まで入って作業を見ることないじゃないですか。でも見に行けば、めっちゃかっこいいんですよ。スキー場で上手にスキーを滑る人がかっこよく見えるのと一緒で(笑)。頭から足の先までドロドロで帰ってきますけど、それがもうかっこいいんです。「すごいな」って思うんですよ。仲間内ではよく「自分は学校もちゃんと出てないから、この仕事やってんねん」って言うけど。「誰でもが出来る仕事ではないよ!工事って覚えることいっぱいやん。すごいよ」って返してる。「生活インフラを利用する人達が、平和に温かい生活ができてるっていうのも、弊社の職人さんが支えている。事故にならないように、職人さんたちが守っている。その自負を持ってほしいな」って思うんですよ。「素晴らしい仕事をしてるんだよ」っていうのを。私は職人技がないからこそ言える。もし「私自身も職人」だったら、そういう気持ちになれなかったかもしれない。
――「光を当てる」。現場に行って知って、そこには純粋にリスペクトっていうのはありますよね。「かっこいい」っていう言葉で変換されてますけど、尊敬ですよね。それをやっぱりちゃんと知って接しないといけないし。
門田:やっぱり「人作りが会社作り」だと思っているので。
――この思いができてる会社さんと、できてない会社さんって結構いますよね。
門田:ありますよね、現実的にはね。弊社が出来ているという訳ではないですが。
――レベル感はさておきですけど。それこそ考え方とか、姿勢とかは重要だなっていうのは、今話聞いてて思いました。
門田:社員さんの死生観みたいなところには、直で向き合うんです。この間も、現場で仲間が倒れて生死をさまよう事態から復活したっていう奇跡的な話もあるんですけど。事業を通じて、常に「命」と向き合っています。工事から帰ってくるまで、特に夜送り出す時は心配です。
――今は夜間もありますもんね。
門田:夜にお風呂入ってる中でも「みんな頑張ってるんだろうな」とか、天気予報見たら「今日寒いけどみんな大丈夫かな」とか……常にそんなことばっかり考えちゃいますよね。
――意識が常に、社員さんの方へ向いてますね。
門田:私に限らず、従業員の幸せを願わない社長なんていないと思います。その中でも私たちの仕事は、やっぱり命にかかわっていて、体を酷使するんで。「安全」という視点には、すごく敏感。何か起きたら命を落とすことに繋がってしまう。そこは意識してますね。
第6章:100年先へ繋ぐ「北野イズム」と未来予想図
――100年続く企業として、もっともっと継続とか挑戦していくっていうことで、今取り組んでいることってありますか。
門田:企業文化という意味では、今、「100年就業規則」を作成中です。
――「100年就業規則」?
門田:はい。弊社は最高年齢の職人さんが75歳。今も現役で現場に出ているんですが、ここ何年かで60歳以上の人たちは、退職してしまう現実があります。その中に、父の代から40年以上勤めてくれてる職人さんもいっぱいいるんですけど。
反面、私の代で採用した人たちも増えつつあり、「昔は良かった話」があんまり伝わらなくなってきていると感じます。でも「過去がなければ今はないんだよ」といった大切な想いを残すために、就業規則の中に「当時はこんな思いで、こんなふうに向き合って乗り越えてきたんだ」っていう、エピソードをまとめる。就業規則(本体)と一緒にやってるんですよ。
――めちゃくちゃ面白いですね、それ。
門田:例えば有給の所でも、昔は有給って概念がなかったですが、有給の理由に「私用」って書かれたら、「有給の時点で全部私用やん」って思わない?みたいな。取得理由も、「なんでみんなに理由を共有しないとあかんの?」と思う人もいるだろうけど、「子供の運動会が取得理由なら、みんな気持ちよく送り出したいやん!」といったような。取得側も「自分の代わりに、誰かが現場を頑張ってくれている」といった感謝の気持ちがないとダメ。だから「7日前とか、早ければ早くに申請しないとダメなんだよ」といったような。
当時の現場って、「雨が降ってても僕らは仕事に行った」「多少の熱なら這ってでも出てこい」みたいな時代だったけど、その裏にはどんな思いがあったのかって考えてほしい。そのままは表現できませんが、「自分が休んだら仲間に迷惑をかけてしまう!」といったような、この「『北野イズム』みたいなものは、歴代から継がれてきてるんだよ」っていうのを形にしたいな、と。
規則のその部分だけを別にしてそれを研修資料に……いや、社史みたいなものは作れないかなと。先人達がどんな思いで会社を繫いできたかを次世代に繋がないといけない、って思っています。
――就業規則の中に、歴史が詰まっているんですね。
門田:はい。「時代と共に変わっていくこと」と「時代が変わっても変えたらだめなこと」が何かっていうのを今作ろうとしてます。楽しんで読めて、会社の歴史もわかるし、「当時こうだったのか」みたいなのもある。それを今から先の100周年を目指して……もう30数年後に来るんですけど、その頃には私たちはいないと思っているので何か残したいな、と。
――「未来の話」と仰っていましたが、経営理念がブラッシュアップされて、未来を語れるようになりましたか。
門田:従業員さんには「経常利益がこれくらいになって」とか、「売上が100億の企業になって」みたいな話をしても、やっぱりピンとこないんですよね。弊社は今一番最年少の職人さんが19歳なんです。早い子(職人さん)は16歳で入社してきます。幹部とは、「この子たちが65歳までいる会社にしようと思ったら、今の事業構造では厳しい」みたいな話をよくするんですね。その時、「60歳まで給料がもらえる会社にしよう」みたいな悲観的な視点ではなく、もっとワクワクする話し方をしたいなと思って。
今、弊社では、地盤改良工事が拡がり、溶接部門が新しく立ち上がって。管更生工事の仕事も、更に拡がっている。そこから更に拡がって建材売ってるかもしれないし、管工事以外の大規模修繕に携わっているかもしれない。その頃には、私たちはもういないかもしれないけれど、10年、20年先には子会社が立ち上がったりして、新しい会社の形が出来上がっているかもしれないね!など、皆で想いを拡げています。
――いいですね!夢があります。
門田:今、20代の若手世代がチーム結成時に7人だったので、「セブンスター」というプロジェクトがあります。メンバーが自ら名前を付けました。
また、今ベトナムとミャンマーの子(職人さん)もいるのですが、いつか自国に帰って、事業をやりたいっていう想いを持っている子もいます。海外では普通に工期を守れること、高い技術力などの付加価値こそメイドインジャパンの強みなんです。ですが、日本で活躍後、国に帰っても全然関係ない仕事に就く子もたくさんいます。北野工業で培った技術、能力、考え方こそ、国で活かして欲しい。
そんな壮大な想いに日本人の職人たちがジョインし「一緒に事業が出来たらいいね!」みたいな話をします。できるかどうかはわからないけど、絶対楽しいよね、みたいな。事業計画レベルではないですが、「未来予想図」みたいなイメージから、「じゃあ今これやっていかないとね!」って逆算してますね。
――具体的な数字とか理屈っていうよりも、あえて夢とかを絵にして話をするイメージですね。
門田:そのインスピレーションを私たちが受けて、「これを事業にするにはどうしたらいいか」考えるのが私の仕事だな、と思います。「目標何億の会社にしよう」みたいな話をしても、「会社だけが大きくなって、僕たちになんのメリットがあるの?」って、そんな感じ。数値目標が大切なことであると理解した上で、数字の話だけをしても、みんなには響かない。「あなたたちがやりたいことを形にできる会社にしたい」って言ったら……勝手に会社って広がっていくじゃないですか。
最近は、各々が情報収集しだしてるんですよ。今も「こんな事業をやりませんか」って言われたりします。例えば今回、地盤改良工事をするための建柱車を購入したのですが、「空港の警告灯を改修する仕事がある」というニーズをキャッチしたり。自然に拡がっていってるんですよね。
――社員さんの好奇心をかき立ててますね。「下からアイデアが出てこないんだよ」っていう社長さんいるじゃないですか。語ってワクワクして好奇心を持ってもらえたら、そうなるんですね。
門田:そうなればいいなと思ってます。
今までは、ガス工事業界ならではの制約の中で自由度が全くなかった。「こんなことやりたい」とか言ってても、他業界、他領域に進出することはタブーだった。数年前の業界変革の中、仕事量が落ち込んだタイミングで、「今だ!」って思ったんですよ。今、「私たちが自立し強くなるために新しいことやります」が一番宣言しやすいタイミングだって。
いくらガス工事のプロであっても、違う領域にチャレンジしていくなかで苦労することは多かったです。新領域では「こんなことも知らないのか!」と罵倒されて帰ってくることも。仲間たちは、「めっちゃ腹立ちましたわ。でも今に見ておけ。絶対できる!」って言いながら辛酸をなめてきました。技術力アップを優先し、お給料だけ支払う日々が2年ぐらい続きました。それがやっと評価してもらえるようになり、外注費をいただけるようになって、今、大きな仕事獲得のための土俵に上げてもらえるまでに成長しました。そうなると、急に目がキラキラしだして、直接的に関わってない職人たちも「凄いやん!」みたいな感じで伝播していることを感じます。ですがやっとスタートラインに立ったばかりです。
――すごい……。後、御社は、親子三代で働いている方もいらっしゃるっていう非常にレアな風土がありますね。
門田:そうですね。親子三組いるのかな。元専務がお爺ちゃん(現相談役)で、娘婿が入社し、その息子が19歳で入社してきました。「息子を入社させてもいいですか」みたいな職人さんも数名スタンバっています(笑)。16歳で入ってきた子(職人さん)が、今20歳になり、この間パパになって、新規事業のチームでバリバリ活躍してくれています。嬉しいですね。あと、女性職人さんも活躍してくれています。男の子三人育てながら。弊社で働くようになって3年目になりますが、ご家族のご理解、ご協力も心から感謝しています。
――そろそろ最後の質問にしたいのですが、どんな人と働きたいっていうイメージみたいなのは何かあるんですか。
門田:私自身が大切にしているのは、「人の幸せや人の喜びを心から喜ぶ人」と共に仕事がしたい。私がサラリーマン時代にいた会社は、成績を奪い合ったりせず、人の成功とか幸せを心から喜び合える風土がありました。「どうやって成功したの?」などを共有して、それをまた自分が糧にして、伝える側も惜しみなく成功体験を共有してくれて……っていう、その風土がすごく大好きでした。本当に「家族」ですよね。弊社を「大家族職人集団」にしたいっていう思いはあるんです。だからこそ、「自分さえ良ければ」じゃなくて、「チーム」で、お互いに支え合いながらやっていける、そういった思いがないとダメ。「自分だけが目立ちたい」っていうのだと、弊社では活躍できないんですよね。
――危険な仕事をされてるので、日々の助け合いももちろん、時には自分の身を呈してでも仲間の命を助けないといけない、「自分が自分が」やったらなかなか現場で仕事できない、というのもありますよね。
門田:そうですね。決して楽な仕事じゃない。給料で出来高制を設けていますが、例えば現場に行く日の朝に、自身の所属する班ではない仲間から「今日は難工事だ」って聞いたら、自分の現場が終わったら助けに行くんですよ。助けても出来高がつくわけじゃないのに。でも「互いに助け合う風土」みたいなのがあるんですよ。こういう「みんなで良くなっていこう」っていう思いを感じるたび、私はもうめちゃくちゃ感動して、「有難う」の気持ちが溢れてきます。
――そういうマインドを持ってる人って、なかなかいないですね。
門田:それは弊社の自慢というか……誇り。一時は「自分のチームさえ良ければ」みたいな時期もあり、競い合っていたこともありましたが、「そうじゃないよね」と。だから「オール北野」でみんなで儲けて、みんなに還元しよう!ってふうになってきたように思います。
――それはなぜ、そうなったんでしょうか。
門田:これは言葉じゃなくて、先人たちが作ってきてくれた風土なんです。むかし水道管を破損してしまって、水が噴水のように吹き上げた時に、全部の班が助けに来てくれたっていうエピソードが就業規則に載ってるんですけど。「これが北野工業の強みだ」って、ずっと当たり前になってる。全ての職人さんが同じ意識ではないかもしれませんが、特に「長」に上がる人はそういう意識がないとダメなんで。核となるポジションに就く人は「自分さえ良ければ」ではなくて、「誰かを助けられる」っていう発想が欲しいんです。そうやって考えていけば、事業にも展開していける。「今の事業で何かできることないかな」って考えることが、世の中のニーズにアンテナ張っているということなのだと思うんです。
――「誰かを助ける」ことに自発的な社員さんはありがたいですよね。
門田:そうなんです。だから、他班を助けに行ってくれてたとかって聞いたら、ちょっとウルッときてしまうんですよね。
――現場の裁量で動いていける……。もう自立してますよね。
門田:本当の「職人」ってこういうことを言うんだな、って信じてます。自分の仕事に誇りを持ってやりきる、仲間のために。この方向に損得関係なく勝手に動いてしまう。そんな人じゃないと、たぶん弊社の中にいるとしんどいと思うんです。未熟な間は理解できなかったとしてもリーダーがそういう動きをしたり、「こうなんだよ」ということを伝えていくことで、少しずつ未熟な人達も育っていくのだと思っています。
――助けられたら、また助けよう、ですよね。
門田:はい。現場はそうやって回ってるんです。弊社はやりにくい工事でも、現場は全て「はい、喜んで」で受けないといけない(笑)。その中で班長同士が、「俺やったらこうやって攻めるけどな」とか「こっちから進めるけどな」とかの対話をよくしています。さっき言った、数年間心通わせるのが難しかった職人さんが、今、中心になって進めてくれているんです。素敵だなと。
――御社特有の職人道を感じますね。
門田:これが弊社の誇りだなって思うんです。でも自分の思いが強すぎて、よく「熱苦しい」って言われるんです(笑)。
注:株式会社フェリシモの矢崎さんとは、株式会社フェリシモで代表を務めた矢崎勝彦氏のことです。